大判例

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大分地方裁判所 平成2年(ワ)593号 判決

原告

大久保利美

被告

日産火災海上保険株式会社

ほか一名

主文

一  被告日産火災海上保険株式会社は、原告に対し、一六九八万九九九七円及びこれに対する本判決中、同被告関係部分の確定日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告日動火災海上保険株式会社は、原告に対し、五六七万円及びこれに対する平成二年一〇月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用中、原告と被告日産火災海上保険株式会社間に生じた分は、これを一〇分し、その九を同被告の、その一を原告の負担とし、原告と被告日動火災海上保険株式会社間に生じた分は、両名の平等負担とする。

五  第一項は、仮に執行することができる。ただし、被告日産火災海上保険株式会社が四五〇万円を担保として供するときは、同仮執行を免れることができる。

六  第二項は、仮に執行することができる。ただし、被告日動火災海上保険株式会社が一五〇万円を担保として供するときは、同仮執行を免れることができる。

事実

第一  原告の請求

一  被告日産火災は、原告に対し、一八二五万円及びこれに対する昭和五七年八月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告日動火災は、原告に対し、一一七九万円及びこれに対する右同日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  請求の原因(原告)

一  交通事故の発生(以下「本件事故」という。)

日時 昭和五七年八月二三日午前九時四五分ころ

場所 大分市豊海町三丁目二番一号大分中央卸売場内

態様 甲斐太器男運転の普通貨物車(大分四四ま五八一一、以下「加害車」という。)が、右場所を後退し、同所に居た原告に背部から衝突して、加害車の下に原告を巻き込んだ。

傷害 原告は、本件事故により、頭部外傷、腰背部・左肩・左膝打撲、胸部左挫傷、頸部捻挫の傷害を受けた。

二  傷害による入、通院治療

原告は、右傷害のため、次のとおり入、通院して治療を受けた。

1  昭和五七年八月二三日~同月二五日 大分中村病院に入院(三日)

2  同月二五日~同年一二月一五日 三愛病院に入院(一一三日)

3  同年一二月一六日~昭和五八年七月一一日 同病院に通院(実日数四二日)

三  睡眠時無呼吸過眠症候群による入、通院治療

原告は、本件事故により、睡眠時無呼吸過眠症候群に罹患し、そのため、次のとおり入、通院して治療を受けた。

1  昭和五八年一二月二六日~昭和五九年七月一〇日 三愛病院に通院(実日数四日)

2  昭和五九年七月四日 永冨脳神経外科病院に通院

3  同月一二日~昭和六〇年二月八日 大分県立病院に通院(実日数二四日)

4  同年二月六日~昭和六一年七月二三日(最終受診日) 久留米大学付属病院に通院(実日数六日。ただし、その間の昭和六〇年二月一五、一六日は入院)

四  責任原因

1  大分冷凍食品株式会社は、加害車を保有しており、本件事故に基づく人損害について運行供用者責任を負う(自賠法二条三項、三条)。

2  被告日産火災

同被告は、大分冷凍食品との間で、加害車を被保険自動車、同社を被保険者として、被害者に対し二〇〇〇万円の範囲内で直接賠償責任を負うこと、本件事故発生日を保険期間内とする内容の自家用自動車保険契約を締結していた。

3  被告日動火災

同被告は、大分冷凍食品との間で、加害車を被保険自動車、同社を被保険者として、自動車損害賠償責任保険契約を締結していた(同法一六条一項)。

五  損害

1  治療費 一七二万六三二三円

右入通院期間の治療費は以下のとおり合計一七二万六三二三円である。

(一) 大分中村病院分 一八万二七六〇円

(二) 三愛病院分 一四三万二一〇〇円

(三) 永冨脳神経外科病院分 二万六五八〇円

(四) 大分県立病院分 二万五八三四円

(五) 久留米大学付属病院分 五万九〇四九円

2  入院雑費 一一万五〇〇〇円

一日一〇〇〇円の割合による入院合計日数一一五日分一一万五〇〇〇円

3  休業損害 一六五七万六四六八円

原告は、右入、通院のため本件事故日の昭和五七年八月二三日から最終受診日の昭和六一年七月二三日まで一四三一日間、就労することができなかつた。昭和六〇年度賃金センサス男子労働者学歴計の平均年収は四二二万八一〇〇円であるから、その間の休業損害は一六五七万六四六八円である。

4,228,100÷365×1431=16,576,468

4  後遺症による逸失利益 五三四五万一五三四円

原告の睡眠時無呼吸過眠症候群の症状は昭和六〇年七月一〇日(当時三四歳)固定したが、同後遺症のため、日中の強度の眠気、高血圧、多血症、睡眠中の上気道の閉塞による呼吸停止が認められるようになり、昼の眠気のため日中の活動が著しく制限され、その程度は、自賠法施行令別表(第二条関係)五級二号の「神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、特に軽易な労務以外の労務に服することができないもの」に相当する。したがつて、労働能力喪失率を七九%、就労可能年数を六七歳までの三三年間(ライプニツツ係数一六・〇〇二五)、右平均年収を基礎として、後遺症による逸失利益を算定すると、五三四五万一五三四円となる。

4,228,100×0.79×16.0025=53,451,534

5  慰謝料 一〇〇〇万円

原告は睡眠時無呼吸過眠症候群に悩まされ、稼働能力を失い、鮮魚商としての収入も著しく減少し、生活の危機に瀕しているもので、その精神的損害に対する慰謝料は一〇〇〇万円を下らない。

六  結論

よつて、原告は、右五の損害金合計八一八六万九三二五円のうち、

1  被告日産火災に対し、同被告が賠償責任を負う前記保険金額二〇〇〇万円から、同被告より支払を受けた一七五万を控除した一八二五万円及びこれに対する本件事故発生日の昭和五七年八月二三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、

2  被告日動火災に対し、原告の後遺症(第五級)に対応する自賠法上の保険金額一一七九万円及びこれに対する右同日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、

それぞれ求める。

第三  請求の原因に対する被告日産火災の認否

一  一の事実は不知。

二  二の事実は不知。

三  三の事実中、睡眠時無呼吸過眠症候群と本件事故との因果関係を否認し、その余の事実は不知。

四  四の1の事実は不知、2は認める。

五  五の事実は争う。

第四  請求の原因に対する被告日動火災の認否

一  一の事実中、事故態様、傷害は不知、その余は認める。

二  二の事実は不知。

三  三の事実中、睡眠時無呼吸過眠症候群と本件事故との因果関係を否認し、その余の事実は不知。

四  四の1の事実は不知、3の事実は認める。

五  五の事実は争う。

第五  被告日動火災の抗弁―損害のてん補

同被告は、原告に対し、本件事故による損害のてん補として、昭和五九年一月一八日、七五万円を支払つた。

第六  証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録のとおり。

理由

第一請求の原因一、二について

当事者間に争いない事実及び証拠(甲一、三~一一、一五、二二、二六、三四、乙ロ一七の2(以下乙ロ号証は乙とのみ表示する。)、髙木東介、原告)によれば、以下のとおり認められる。

原告は、原告主張の日時、場所において、後退してきた加害車に背部から衝突され、その下に巻き込まれる本件事故にあつて傷害を受け、原告主張の傷病名の診断を受け(原告一~一五・一七八~二〇七項)、その治療のため、次のとおり入、通院した。

一  原告(昭和二六年八月二五日生。当時三〇才)は本件事故(昭和五七年八月二三日午前九時四五分ころ発生)後直ちに救急車で搬送され、午前一〇時〇七分ないし〇九分ころ(甲二六、乙一七の2)、大分市大手町三丁目所在の大分中村病院に到着し、同病院医師は、原告に後頭部の皮下血腫と意識障害を認めて頭部外傷Ⅱ型と判断し、その治療にグリセオール(頭蓋内圧亢進に対する治療薬。頭部外傷等に伴い意識障害が進行している患者に対し、悪化して息が止まることを防止するため、急速に脳圧を下げる目的で使用される。危険な薬なので、意識障害がどんどん進行し増悪している患者に対して使用される。用法は、一回二〇〇~五〇〇mlを一日一~二回、五〇〇ml当たり二~三時間かけて点静注。投与期間は通常一~二週間。甲三四の三三九頁、髙木東介一四四~一四六項)五〇〇ml点滴等のほか(甲四、二六)、腰背部・左股・左肩打撲、頸部捻挫等の傷病名の診断のもとに、治療した。なお、当日実施の頭部CTスキヤン(コンピユーター断層撮影法)の検査では正常範囲内であつた(甲二六の二頁のWNL(within limits of normal))。原告は、同病院での右打撲症等に対する治療の後(本件事故後約一時間後)意識障害から回復し(甲一、一五、二二の三八頁、二六の二頁、原告一二・一五・一六項)、同日から同月二五日まで入院した(入院日数三日。甲三、四)。

【被告日動火災は、右認定に反し、右病院の診療録(甲二六)に、原告が右病院に搬送された時刻午前一〇時〇九分、原告の意識一時なくなるとの記載から、原告の意識障害の時間はせいぜい二〇分であつたと主張する(同被告の平成六年九月二〇日付け準備書面二の(一)参照)が、右に摘示した他の証拠に照らし、採用できない。】

二  同月二五日から同年一二月一五日まで三愛病院に入院した(一一三日。甲五、六、九、一〇)。

三  同年一二月一六日から昭和五八年七月一〇日まで同病院に通院した(二〇八日間のうち実日数四三日。甲六~八、一〇、一一)。

第二三愛病院通院終了(昭和五八年七月一〇日)後の再度の入、通院(請求の原因三)について

右第一認定の事実及び証拠(甲一二~一九、二二、二五、乙一、二、大久保寿子、原告、中沢洋一)によれば、以下のとおり認められる。

原告は、本件事故で受傷した打撲症等に対する冶療を、昭和五八年七月一〇日三愛病院での通院で終えた後、さらに、次のとおり入、通院して治療を受けた。

一  原告は、本件事故当時(体重六十二~三kg。甲二二の一三頁)、スーパーマーケツト内で従業員一名を雇つて、妻寿子とともに鮮魚店を経営し、午前五時半ころ起きて、午後一一時ころ寝る規則的な生活をし、右事故以前は昼間に寝るようなことはなかつたにもかかわらず(甲一五、二二の一~二頁、大久保寿子三一~三六・一四五~一四七・一六六・一七七~一七・一八六~一八八項)、昭和五七年八月二五日から同年一二月一五日まで右事故による三愛病院に入院中、昼間もよく眠り、病室の同室者からいびきがひどい旨指摘されたことがあり(甲一五、二二の一三頁、原告三五~三七項)、同病院を退院した後も、ひどい眠気を感じ、夜中に布団の上に座つたままの状態で眠る、突然後ろ向きに倒れる、トイレで眠り込みそのまま倒れる、食事中にそのまま眠り込み食卓に頭部をぶつける(大久保寿子五四~五七・一三五~一三六項)、夜間にかく大きないびきの音を隣人から指摘される(同五三~五四・六二~六四項)、魚市場に自動車を運転して行く途中の信号停止の間に寝てしまう、眠気を原因とする接触事故を二~三回起こした後は妻に自動車を運転させ、原告は助手席に乗つて、ほとんど寝ている(甲二二の一三頁、大久保寿子七二~七六・一一三~一一九項)、喫煙中に眠気で煙草を落としてしまう(大久保寿子八一・一三一~一三三項)こと等が度重なり、原告夫婦とも、原告の症状をおかしいと感じていたが、異様な眠気を、入院疲れと思い込み、あるいはつきものがついたのではないかとの迷信にかられて様子を見ていたところ、鮮魚店で魚を調理中、眠気で原告が包丁を落としてしまつたことをきっかけに(甲二二の一三頁、大久保寿子七八~七九・九〇・一五〇項)、同症状は本件事故と関係があるのではないかと考え(右退院六か月後の昭和五八年六月ころの原告の体重七五kg。甲二二の一三頁)、

二  本件事故から約一年四か月後(三愛病院退院から約一年後)の昭和五八年一二月二六日、再び同病院で診察を受け、頭部外傷後遺症の傷病名で昭和五九年七月一〇日まで一九八日間のうち四日通院し(甲一二、原告四一~四四項)、その間の昭和五九年七月四日、同病院に紹介された永冨脳神経外科病院において診察を受け、ナルコレプシー(nacolepsy,睡眠障害の特殊型で発作的に起こる睡眠と、カタプレキシー(cataplexy,情動性脱力発作、笑いや怒りに脱力を伴う症状。甲一八の二二頁、乙一)、入眠時幻覚、睡眠まひ(金縛り)等が認められる症候群)の疑いがある旨の診断を受けた。CTスキヤン上、異常所見は見つかつていない(甲一三、一四、原告四六~五一項)。

三  原告は、その後、三愛病院待合室で眠り込んだことから、同病院の紹介により、昭和五九年七月一二日、眠気を訴えて大分県立病院脳神経外科を受診し、昭和六〇年二月八日まで二一二日間のうち二四日通院し(甲一五、一六)、眠り発作の症状の治療を受けたが、ここでも症状が軽快せず、その間、原告は、大分県立病院の紹介により、昭和六〇年一月二九日、産業医科大学脳神経外科を受診し、睡眠時無呼吸症候群(Sleep Apnea Syndrome,「SAS」と略称される(乙二の九九九頁)。)の診断を受け、同大学医師の紹介により、同年二月六日、組織的に睡眠・覚醒障害の研究、治療を専門的に行い、同障害について国内で有数の臨床経験を有する(甲一八、一九、中沢洋一第四項)久留米大学付属病院を受診し(甲一五、二二の一頁、原告六八―七八項)、同付属病院で諸検査の結果(原告の当時の身長一六一cm、体重七五kg。甲二二の六頁)、同病院医師中沢洋一(以下「中沢医師」という。)により睡眠時無呼吸過眠症候群(sleep apnea DOES syndrome,「SASDOES」が略称(甲二五の二二〇頁))との診断を受け(甲二二の六・一一頁)、その治療のため、同年七月一〇日まで一五五日間のうち八日同付属病院に通院(ただし、その間、昭和六〇年二月一五、一六日は入院。甲一七、甲二二の二九頁)し、同年四月一七日ころ、眠気のため自動車運転中に衝突事故を起こしたり、昼間の眠気は強く、いびきも強い、仕事中にうとうとするとの主訴が継続したが(甲二二の三四~三五頁)、同医師は、同年七月一〇日、原告の同症候群は閉塞型であり、その症状は固定したと診断した(甲二二の八・二九頁、中沢医師三三~三八項)。

第三睡眠時無呼吸過眠症候群について

証拠(甲一八、一九、三三、乙二、四、一六、中沢医師、高木東介)によれば、以下のとおり認められる。

一  睡眠・覚醒障害の診断的分類

睡眠・覚醒障害の診断的分類は、不眠症候群(睡眠の開始と持続の障害、disorders of ieitiatiating and maintaining sleep,「DIMS」が略称)、過眠症候群(過剰睡眠のある障害)、睡眠・覚醒スケジユール(サーカデイアン・リズム)の障害、睡眠時異常行動の四群に大別される(甲一八の二一~二二頁)。

二  不眠症候群

1  不眠症候群の中で最も多いのは、精神生理学的要因による持続性の不眠(persistent psychophysiological DIMS)、俗にいう神経質性の不眠症であるが、これと鑑別を要する主要な不眠症群に、睡眠時ミオクローヌス不眠症候群と睡眠時無呼吸不眠症候群(sleep apnea DIMS syndrome)がある(甲一八の二一頁)。

2  睡眠時無呼吸不眠症候群

睡眠時無呼吸不眠症候群は、睡眠中に一〇秒以上持続する呼吸の停止が頻回に起こるもので、無呼吸の型に、中枢型(呼吸運動の停止)、閉塞型(呼吸運動は持続しているが、上気道が一時的に閉塞して換気が止まる)、混合型(一回の無呼吸が中枢型で始まつて閉塞型に移行する)の三種類があり、無呼吸の終わりに覚醒が起こり、その際、吸気に伴つてあえぐような高いいびきをかく。甲一八の二一頁)。入眠障害はなく、むしろ、就寝後数分にして入眠するが、頻回に中途覚醒があることが特徴である(甲一九の二六頁)。

三  過眠症候群

1  昼間の過眠を起こす症候群の主なものは、ナルコレプシー(前記第二の二参照)、睡眠時無呼吸過眠症候群、特発性中枢神経性過眠症、周期性過眠症である。一般に過眠症候群(d-isorders of execessive somnolence,「DOES」が略称)は、不眠症候群と違つて、患者自身は症状をひどく苦痛にしているのに、周囲から怠け者などと冷たくあしらわれることが多いために、患者の苦しみは倍加されることが多い(甲一八の二二頁)。

2  睡眠時無呼吸過眠症候群

睡眠時無呼吸過眠症候群の特徴は、睡眠時無呼吸不眠症候群と同様、睡眠中に無呼吸を起こすが、夜間の不眠は自覚しないで昼間の強い眠気や居眠りを訴える、夜間の軽い不眠と昼間の強い過眠の両方を自覚する症例も稀ではない(甲一八の二三頁)とか、無呼吸期に続く過呼吸期に激しいあえぎと体動を伴う覚醒反応を呈し、そのため睡眠は著しく障害され、その代償として昼間の傾眠が生ずるというのが一般的見解である、患者は、不眠を訴えることも夜間の窒息感を自覚することも通常はない(甲一九の二九頁)とか、睡眠中に頻繁な無呼吸と異常に大きないびきを示し、日中の過度の眠気を訴える、無呼吸は、その大部分が上気道の閉塞による閉塞型あるいは混合型であり、無呼吸が終わつて換気が再開される際にいびきを発し、脳波上に覚醒反応が現れる、無呼吸の度毎に繰り返される睡眠の中断により、夜間の睡眠経過は極めて不安定になり、その代償として日中の眠気を生ずる、患者自身は夜間の無呼吸並びに一過性の覚醒に気付いておらず、朝眠りから覚めた後全身倦怠感や頭重を認めるものが多い(甲三三の一〇一頁)とかいわれる。

かつては、睡眠時無呼吸過眠症候群は著しい肥満者に認められるといわれ、ピツクウイツク症候群(pickwickian syndrome,甲三三の一〇三頁)と呼ばれたが、現在では、肥満は無呼吸を増悪させる物理的な因子の一つにすぎないことが分かつている。呼吸の再開時に高いいびきをかくので、睡眠中に周期的にあえぐような高いいびきをかくときには、睡眠時無呼吸過眠症候群の疑いが強い。症状が進行すると昼間の居眠りが頻発し、昼寝の最中も無呼吸が起こる。同症候群は閉塞型の無呼吸を示すことが多いが、その発生機序は解明されていない(甲一八の二三―二四頁、甲三三の一〇三―一〇四頁)。

四  睡眠時無呼吸過眠症候群及び睡眠時無呼吸不眠症候群の異同

1  睡眠時無呼吸症候群

(一) 病態生理

睡眠時無呼吸過眠症候群及び睡眠時無呼吸不眠症候群を統合して、睡眠時無呼吸症候群(SAS)といわれ、その特徴は、平均して、一時間当たり五回以上、一〇秒以上持続する呼吸停止がある(中沢医師九項)とか、覚醒時には呼吸障害はないにもかかわらず、睡眠中にのみ、一〇秒以上持続する呼吸停止(無呼吸)が頻回に生じる病態にある(乙二の九九九頁)とかいわれる。中沢医師(九項)によると、眠つてはいるものの長く呼吸が停止していると、苦しくなつて、瞬間的に目が覚め、呼吸を再開するものであるという。

(二) 睡眠時無呼吸過眠症候群と睡眠時無呼吸不眠症候群の違う点

しかして、右のように瞬間的に目が覚め、呼吸を再開することを非常に苦にする人の場合を睡眠時無呼吸不眠症候群という。夜中に頻回に目が覚めていることを自覚せず(したがつて、夜よく眠つていないのに、よく眠つていると誤解しているから、実際は)昼間眠くてしようがない人の場合を睡眠時無呼吸過眠症候群といい、後者が圧倒的に多い(中沢医師九項)。中沢医師は、両症候群間には、覚醒系の機能に関し何らかの決定的相違があるのではないかと推定している(甲一九の三〇頁)。すなわち、睡眠時無呼吸不眠症候群は、覚醒系(覚醒を維持する脳の機能。中沢医師一三項)に障害がないため、無呼吸により容易に覚醒し、その結果、無呼吸の持続も短く頻度も少ないものと思われるが、無呼吸により睡眠が中断され覚醒すると、再入眠に時間がかかることが多く、そのため不眠を訴えるものと思われ、昼間の眠気を訴えるものが少なくないのは、夜間の睡眠障害を代償するためのものと考えられるが、覚醒系には障害がないため、昼間の眠気に対しても十分に耐えることができ、傾眠症状を呈することがないと考えられる。

睡眠時無呼吸過眠症候群にみられる昼間の強い傾眠症状は、夜間の睡眠障害の代償に加え、覚醒系に何らかの機能障害があるため、より耐えがたい眠気に襲われるものと思われ、さらに、覚醒障害のため無呼吸の持続は延長し、呼吸の再開とともに覚醒反応を呈するが、すぐに再入眠し無呼吸が出現するために、結果として睡眠は著しく分断され、そのため、不眠症候群に比べはるかに強い断眠効果を生じ、覚醒障害をより増悪するものと思われる。

(三) 無呼吸が睡眠中にのみ起こる機序

無呼吸が覚醒時には起こらないので、睡眠中のみに起こる機序は、次のように説明されている。睡眠時無呼吸症候群の患者は、さまざまな原因により上気道が主として咽頭部で狭くなつていることに加え、睡眠時には舌筋や軟口蓋弓緊張筋などの咽頭腔を拡大する働きをもつ上気道周囲の筋組織にも生理的な緊張低下が起こるために、上気道の一層の狭窄や閉塞が起こる。そのようにして睡眠中に一層狭くなつた上気道を介して呼吸がなされるため、呼気時に生じる胸腔内圧の著しい低下(陰圧)によつて上気道周囲の軟部組織が吸い寄せられることも、上気道閉塞を促進する要因になつている(乙四の七六六頁)。

五  右三、四の事実及び証拠(乙一六の三頁、高木東介二九項)によれば、原告の前記認定第二の症状は睡眠時無呼吸過眠症候群(閉塞型)の症状と認められる。

第四原告の睡眠時無呼吸過眠症候群と本件事故との相当因果関係の有無(請求の原因三)についての争点

一  はじめに

1  争点

前記認定第二の原告の睡眠時無呼吸過眠症候群の症状による治療と本件事故との間に相当因果関係があるかどうかにつき、原告は、原告の睡眠時無呼吸過眠症候群は、本件交通事故により頭部を強打し、脳内に器質損傷ないし機能障害が生じた結果、同症候群の発症をみた(争点〈1〉)と主張し、被告らは、原告に同症候群を発症させるような脳器質の損傷ないし機能障害はなかつた(争点〈1〉)、被告日動火災は、原告の同症候群の原因は、原告の肥満及び(又は)上気道の異常に原因がある(他原因。争点〈2〉)、被告日産火災は、同症候群はそもそも原因不明であるから、原告主張以外の他原因の証明がなくとも、因果関係は否定されるべきである(争点〈3〉)と主張する。

2  因果関係の判断枠組みについて

法的な判断過程としての相当因果関係の証明とは、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性を証明することであり、その判定は、通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要とし、かつ、それで足りるものである(最高裁昭和五〇年一〇月二四日第二小法廷判決・民集二九巻九号一四一七頁参照)。

しかして、現時点では、後記のとおり、睡眠時無呼吸過眠症候群の原因が必ずしも明確ではなく、科学的(医学的)にみて未解明部分が多々あることを承認せざるを得ないが、同症候群と本件事故による原告の頭部外傷との因果関係を考えるに当たつては、右未解明部分が多々あることを、不法行為の被害者側及び加害者側のいずれかに有利又は不利に扱うことは、損害賠償法における損害の公平な分担という理念に反し許されず、右未解明部分は率直にこれを承認した上で、それを除いて、法的に、特定の事実(原告の本件事故による頭部外傷)が特定の結果発生(原告の睡眠時無呼吸過眠症候群)を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性があるかどうかを判断すべきものと解するのが相当である。かかる見地に立つて、以下判断する。

二  睡眠時無呼吸過眠症候群の病因―脳内の器質損傷ないし機能障害との関係(争点〈1〉)について

証拠(甲一八、一九、二七の1・2、三一、中沢医師)によれば、以下のとおり認められる。

1  国際疾病分類第一〇版(ICD―一〇)の分類

世界保健機構が草案として一九九〇年(平成二年)発表した右分類では、睡眠障害を心因性もしくは精神病理学的原因による非器質性睡眠障害(F五一)と、器質的な睡眠障害が考えられる器質性睡眠障害(G四四)に分類し、過眠症は、前者(F五一―一)と後者(G四四―一)の両者に含まれ、睡眠時無呼吸症候群は後者(G四四―三)に含まれている(甲二七の1の一〇七五~一〇七六頁、甲三一の一八九・一九二~一九三頁)が、器質性睡眠障害については診断名が羅列されているだけで説明や診断基準はない。しかして、日本における学者は、睡眠障害を非器質性睡眠障害(F五一)と器質性睡眠障害(G四四)にはつきり分けることは必ずしも容易ではない(国立精神・神経センターの大熊輝雄。甲二七の2の三八〇頁)とか、実際の臨床場面では、睡眠障害の原因が特に見当たらず、心因性とも器質性とも決め難い場合が少なくなく、また、他の多くの精神障害と同じように各種睡眠障害の発症に当たつて器質的要因と同時に心理的・社会的要因が認められる場合も決して少なくなく、また、何をもつて器質性の原因と考えるべきかということに関しても、不明確な部分が大きい(神経研究所付属晴和病院の本多裕・佐々木司。甲二七の1の一〇七五頁)と、その分類の困難性を指摘しているが、重い脳外傷、脳循環障害とか薬物や中毒などの明確な外因に基づく睡眠障害であれば、器質性という用語も理解できる(この場合でも、外的要因が軽度であつたり、時間的に離れている場合にははっきりしなくなるであろうという。本多裕・佐々木司。甲二七の1の一〇七五頁)し、明らかな器質的原因(脳炎、髄膜炎、脳震盪その他の脳損傷、脳腫瘍、脳血管病変、変性疾患その他の神経疾患、代謝性疾患、中毒、内分泌異常、放射線による後遺症)による過眠症は、患者の臨床所見と適切な検査所見から明らかになる器質障害によつて、非器質性の過眠症から鑑別することができるものである(甲三一の一九三頁)といわれている。

2  中沢医師の見解―脳内の機能障害説

同医師は、睡眠時無呼吸過眠症候群の病因ないしその発生の機序について、未だ完全に明らかにされたとはいえない状態であるという一方(甲一八の二四頁)、睡眠中に呼吸が停止する原因は、場所は特定し得ないものの、脳内に何らかの機能障害(覚醒系の機能障害)があるのではないかと推測し(甲一九の三〇頁、中沢医師一三項)、他方、それだけでは説明できないので、素質的、遺伝的、末梢的な原因も関与しているとも考えている(中沢医師一七項)。

3  右1、2の事実及び被告日動火災の主張(脳損傷の程度次第では同症候群が発症することを承認しているものと解される。)によれば、頭部打撲による脳の器質損傷ないし機能障害が同症候群を発症させることがあると認められる。

三  原告の脳の器質損傷ないし機能障害(本件事故による頭部打撲)の程度(争点〈2〉について)

そこで、原告の本件事故による頭部打撲が、同症候群を発症させるに足りる程度のものであつたかどうかにつき検討するに、前記認定第一の事実及び証拠(甲一、二三、二四、三〇、乙六、七、九、中沢医師)によれば、以下のとおり認められる。

1  本件事故による頭部外傷後の原告の意識障害

本件事故直後、搬送先の大分中村病院医師は、原告の後頭部に皮下血腫を認め、意識障害があつたので頭部外傷Ⅱ型と判断し、その治療にグリセオール五〇〇mlの点滴を使用し、原告は、他の腰背部・左股・左肩打撲、頸部捻挫等に対する治療の後(本件事故後約一時間後)意識障害から回復した(前記認定第一の一参照)。

2  頭部外傷と意識障害

(一) 頭部外傷

頭部外傷とは、頭皮、頭蓋骨(頭蓋及び顔面部)又は脳に加わつた外傷であつて、治療を必要とし、日常生活を障害するほどの頭蓋骨、脳又はこの両者の外傷を意味するのが普通である(甲二四の四二一頁)。

(二) 頭部外傷の分類

頭部外傷の分類について、もつともよく用いられている荒木式分類は、簡単な神経学的検査により、治療方針の決定とある程度の予後判定ができ、受傷後の模様を後日推測できる非穿通性外傷(硬膜の断裂がなく、脳の損傷がみえないもの。乙九の八三三頁)の急性期重症度分類である。頭部を打つた直後に発注する意識消失(initial unconscio-usness)の程度―意識障害の有無、持続時間、推移と脳局所症状の有無―を基準に、次の四つに分類される。

第Ⅰ型(単純型)とは、意識障害がなく、脳の器質的損傷を思わせる症状がないもの、

第Ⅱ型(脳振盪型)とは、意識障害が一過性で、六時間以内、多くは二時間以内に消失し、脳の器質的損傷を思わせる症状がないもの、

第Ⅲ型(脳挫傷型)とは、受傷直後の意識障害が六時間以上持続するもの及び意識障害の有無にかかわらず、受傷直後より脳の器質的損傷を思わせる症状を呈するもの、

第Ⅳ型(頭蓋内出血型)とは、受傷直後の意識障害又は局所症状が軽微であるか欠如しており、清明期の後に遅発性の意識障害あるいは局所症状を呈するものであつて、手術を要するもの、(甲二三の一五四頁、三〇の九六頁)

ただし、意識障害といつても、どの程度の意識障害をいうのか明確を欠く等の問題点もある(乙九の八三〇頁)。

3  意識障害と救急処置

自己と周囲の環境を合理的に判断し、それに基づいた反応を自己及び周囲に行える覚醒した状態を意識清明といい、それが障害された状態を意識障害という。意識障害は放置すれば意識障害そのものによつても、また、原因となつている疾患によつても死に至る場合が少なくなく、救急処置を先に行うことが重要になる(乙七の一三〇頁)。

4  脳神経外科と意識障害

脳神経外科でしばしば遭遇するのは頭部外傷などによる意識障害である。臨床上、意識障害は急性に発症するものと慢性に継続するものとに分類されるが、前者は生命予後に関係するので、救急処置を必要とする(乙六の一六三頁、七の一三〇頁)。

5  頭部外傷による意識障害の意義

意識障害があるということは、その程度がいかに軽くても、医学的には脳の機能不全や病変があることを意味する(甲二四の一三九頁。なお、脳振盪は「脳損傷」の一つとして分類され(同四二三頁)、荒木式分類においても、あるいは、一般的にもはつきりとした器質的損傷がないといわれる脳振盪の場合でも、ある程度の器貧的損傷を受けているという学者もいる(同四三五頁)。)。頭部に対する衝撃がある限界以下であると意識消失はおこらず、その強さの限界を超えたときに意識消失が起こる。したがつて、その限界値は何であれ、頭を打つて直ちに意識を消失したということは、その限界以上の強い衝撃であつたことになる。人におけるこの限界値以下の衝撃では、脳自体には肉眼的な挫滅創を生じないが、意識消失をもたらす限界は、同時に脳挫創を生ずる衝撃限界に近似していることを示す(甲三〇の九五頁)。

6  脳振盪と意識障害

脳振盪という言葉は、ラテン語に由来し、「激しくゆする」ことを意味する。脳振盪は臨床診断であつて頭部外傷により一過性に神経性機能不全をきたした状態を示す。はっきりとした器質的損傷はなく、数分又は一~二時間の間に回復する。脳振盪をきたした患者の多くは一過性意識消失をみるが、みない場合もある。

脳振盪は、意識消失及び記憶消失の程度に基づいて、軽症及び重症(古典的)に分けられる。軽症脳振盪では、一瞬ぼーつとなる程度で意識消失はなく、より重症な脳振盪では、一過性神経学的機能不全、一過性意識消失並びに逆行性及び外傷的健忘症を示す。

脳振盪の回復には、通常数分から一~二時間を要するが、一部の例では、脳振盪後症候群を呈してくる(甲二四の四三四頁)。

7  脳振盪後症候群

主な訴えは、頭痛とめまいであり、他の症状としては、疲労性の不眠症、集中力低下等があり、受傷後数週から一年続く。脳振盪では脳の器質的損傷はないと考えられ、CTスキヤン又は他のこれまでの診断法では何ら異常を発見し得なかつたが、ある検査結果では、患者が明らかにある程度の脳の器質的損傷を受けていることを示唆していると指摘する学者もいる(甲二四の四三五頁)。

8  脳振盪と脳の機能不全との関係

右1ないし7の事実によれば、原告の本件事故後の意識障害の程度から、原告の本件事故による頭部外傷の程度は、荒木分類にいう第Ⅱ型(脳振盪)であり、脳振盪の中でも重症の部類であり、したがつて、医学的には脳の機能不全や病変があつたことを意味するものとの説明が可能である。

9  原告の睡眠時無呼吸過眠症候群発症の経過

そして、前記認定第一、第二のとおり、原告の同症候群発症の経過(原告は本件事故以前は昼間に寝るようなことはなく、多少のいびきがある程度で、同症候群の症状はなかつたにもかかわらず、本件事故直後から、昼間の耐え難い眠気、睡眠時の高いいびきなどの症状が急に発現したその時間的経過)は、原告の同症候群と本件事故の間に因果関係があることを強く示唆していると認められる。

【なお、被告日動火災は、原告に同症候群の症状が確認されたのは、本件事故から約一年四か月後であるとの前提のもとに、同症候群と本件事故との間に因果関係は認められないと主張するが、原告は、事故直後の三愛病院入院中から、既に同症候群特有の症状が表れ始めており、ひどい眠りの件で同病院の診察を受けたのが昭和五八年一二月二六日になつたのは、異様な眠気を、入院疲れと思い込み、あるいはつきものがついたのではないかとの迷信にかられて様子を見ていたからにすぎないから(前記第二の一参照)、右主張は前提事実において採用できない。】

10  中沢医師の見解

しかして、中沢医師は、

(一) 原告に関する昭和六一年七月二三日付け診断書(甲一)において、原告を睡眠時無呼吸過眠症候群と診断の上、その「病因は明らかにされていないが、中枢神経内の何らかの機能障害によつて睡眠中の上気道の閉塞や呼吸停止が起こつている可能性は否定できない。ことに、本症例は、昭和五七年八月二三日に歩行中、トラツクにひかれて約一~二時間の意識障害を残す交通事故にあつたが、事故以前は昼間の過眠を全く自覚せずにタクシー運転手や自家用の車で家業に従事していた。約四か月間の入院治療の後、退院したが、まもなく強い過眠を自覚し、数回にわたつて車の運転中に追突事故を起こしているところからみて、頭部の外傷が本症候群の発症となつている可能性は極めて強いものと考えられる。」と判断し、

(二) 証人尋問においても、原告を除き、過去の臨床例において交通事故を契機として睡眠時無呼吸過眠症候群が発症したと思われる症例を経験していない(三九項)、原告の場合も、基礎医学的に、積極的に本件事故が睡眠時無呼吸過眠症候群の原因であることを証明できないが、否定もできない、しかし、臨床医学的には、原告の同症候群の症状内容及びその発症の時間的な関係等を含め因果関係が推定されると証言している(二七項)。

11  一応の結論

以上の検討によれば、時間的経過は原告の睡眠時無呼吸過眠症候群と本件事故間の相当因果関係を強く示唆するものであり、医学的にも因果関係の存在を説明することが十分可能である。

三  他原因(争点〈2〉)―原告の肥満及び(又は)上気道の異常と睡眠時無呼吸過眠症候群について

前記認定の事実及び証拠(甲一八、二二、二五、三二、乙四、一〇―一二、一五、一六、中沢医師、高木東介)によれば、以下のとおり認められる。

1  国家公務員等共済組合連合会浜の町病院脳神経外科医高木東介(以下「高木医師」という。)は、意見書(乙一六の三・五頁)及び証人尋問において、(睡眠時無呼吸過眠症候群の原因は多様であり、原告の同症候群の真の原因を決定するための検査は不十分であつて、本件事故による脳振盪で起こつたとする根拠は薄弱であり)、むしろ、原告の肥満及び(又は)上気道の異常が原告の同症候群の主たる原因ではないかとの見解を述べ、また、睡眠時無呼吸症候群は、日本人の約一・一%が罹患していると推定されている程の病気であり、肥満の人に多いと言われていること(乙一〇~一二、一五)が認められる。

2  また、睡眠時無呼吸症候群の病因として、上気道(鼻腔と副鼻腔よりなる鼻及び咽頭)の狭窄を来す原因のすべてが病因になりうる、最もよくみられるのは過食による単純肥満である、それに加えて、首が太くて短く、下額がやや小さい体型、あるいはアデノイドや扁桃肥大の合併が多いとの説も発表されている(乙四の七六八頁)ところ、確かに、原告は、

(一) 前記認定第二のとおり、身長一六一cm、本件事故(昭和五七年八月二三日)前の体重は六十二~三kgであつたにもかかわらず、退院六か月後の昭和五八年六月ころ及び久留米大学付属病院で検査を受けた昭和六〇年二月六日当時の体重はいずれも七五kgであつたことが認められるから、体重七五kgの場合、肥満症であつたと認められ(標準体重が、体重kg÷(身長m×身長m)=22で求められることは、当裁判所に顕著である。「今日の治療指針一九九二年版」四九六頁参照。原告の標準体重は約五七kg(1.61×1.61×22=57であるから、その肥満度は約三二%であつて、標準体重の二〇%以上となり、肥満症である(甲三二の一七七〇頁)。)。

(二) 中沢医師による診察においても、下額がやや小さく、小額症の疑いが持たれ、口蓋扁桃にやや肥大傾向が認められ(甲二二の五~六頁、中沢医師五五~五九・六二項)、耳鼻咽喉科医師から、咽頭の入口から下を拡大し上気道の閉塞を防ぐ手術をした方がよいのではないかとの見解が示されている(甲二二の二〇頁、中沢医師六三~六九項)。

3  しかしながら、睡眠時無呼吸過眠症候群において、肥満や小額症は、その増強因子であるとは言えても発症要因であるとは言い難い(中沢医師二六・七一~七二・七九項。前記認定第三の三の2参照)し、また、原告の小額症は断定できず(中沢医師四四項)、口蓋扁桃の肥大傾向も無呼吸症を惹起するようなものではなく(同五九~六一項)、中沢医師の報告によれば、扁桃肥大や小額症等の上気道の物理的狭窄を起こしやすい病態の者に手術を施しても閉塞型無呼吸が完治することは少ないこと(甲一八の二四頁、中沢医師一七・六九項)が認められ、また睡眠時無呼吸症候群に関する臨床試験の報告(甲二五)によれば、中枢型無呼吸症に対して有効性が報告されているアセタゾラミド(炭酸脱水酵素阻害剤、呼吸中枢に対する刺激作用等がある。)が、逆に閉塞型の無呼吸症の治療にも有効であることも認められるところ、睡眠時無呼吸過眠症候群は閉塞型(原告もこれ)が優勢であるから(前記認定第三の五)、上気道の物理的狭窄が原因と断定し得るような明快なものではないと解される。

4  そうとすれば、他原因の主張は採用できない。

四  因果関係についての結論(争点〈2〉、〈3〉)

1  右一ないし三によれば、

(一) 医学的に、睡眠時無呼吸過眠症候群の原因は確定している段階にはないが、同症候群が、脳内の器質的障害ないし機能不全により発症し得るとの説明は医学的にも十分可能であり、

(二) 中沢医師は、基礎医学的には、積極的に本件事故による頭部外傷が原告の同症候群を発症させたことを肯定する証明はできないが、否定もできないこと、しかし、臨床医学的には、両者の間の因果関係が推定されると証言し、

(三) 原告の同症候群の症状内容及びその発症の時間的な関係は、本件事故による頭部外傷が原告の同症候群の原因であることを強く示唆しており、

(四) 他方、睡眠時無呼吸症候群は、日本人の約一・一%が罹患していると推定されている程の病気であり、肥満の人に多いと言われており、中沢医師も、肥満がその増強因子であることを肯定し、原告が肥満度約三二%の肥満症(平均体重の二〇%以上)であり、高木医師は、原告の肥満の異常が原告の同症候群の主たる原因の一つではないかとの見解を示しているが、なお、被告日動火災主張の、同症候群の他原因については、これを認めるに足りる証拠はない。

2  そうとすれば、経験則上、原告の本件事故による頭部外傷が原告の睡眠時無呼吸過眠症候群を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性を認めることができ、右関係を通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるものということができ、乙一六及び高木医師の証言も、右判断を左右しないが、原告の同症候群につき、本件事故以外の原告の肥満その他の体質も寄与していると推認されるところ、諸般の事情を勘案すれば、本件事故の同症候群の発症に対するその寄与率は七〇%を相当と認める。

したがつて、原告は、本件事故により生じた損害のうち、前記認定第一の入、通院による損害は全部、前記認定第二の入、通院による損害は七〇%の限度で相当因果関係があるものとして請求することができる。

第五請求の原因四(責任原因)について

原告と被告日動火災間では、請求の原因四の1、3の事実は争いがなく、原告と被告日産火災間では、右事実より右1の事実が推認され、2の事実は争いがない。

第六損害

一  治療費 一一九万二七三三円

1  前記認定の事実及び証拠(甲四、九~一二、一四、一六、一七、原告)によれば、

(一) 原告は、前記第一の入、通院関係の治療費として、大分中村病院分一八万二七六〇円(甲四)、三愛病院分九五万八〇一二円(甲九~一一)、

以上合計一一四万〇七七二円を負担し、

(二) 前記第二の入、通院関係の治療費として、三愛病院分八四六二円(甲一二)、永冨脳神経外科病院分一万一四七四円(甲一四)、大分県立病院分二万五八三四円(甲一六)、久留米大学付属病院分二万八四六一円(田一七)、以上合計七万四二三一円負担したこと、

以上のとおり認められる。

2  しかして、このうち被告らに請求できるのは、右(一)の全部と、(二)のうち本件事故の寄与率七〇%の五万一九六一円(円未満切り捨て。以下同じ。)であるから、被告らに請求できる治療費総額は一一九万二七三三円となる。

二  入院雑費 一一万五〇〇〇円

前記認定のとおり、原告は、前記第一の治療のため大分中村病院に三日、三愛病院に一一三日(ただし、うち一日は大分中村病院の入院日と重なる。)、前記第二の治療のため久留米大学付属病院に二日入院したことが認められる。一日あたり入院雑費は、一〇〇〇円をもつて相当と認めるところ、原告は一一五日分につき入院雑費を請求しているにすぎないので、前記第一の治療の入院日数一一五日分の合計一一万五〇〇〇円を相当と認める。

三  休業損害 一六〇万八二八三円

前記認定第一、二の事実及び証拠(大久保寿子、原告)によれば、原告(昭和二六年八月二五日生)は、本件事故当時、従業員一名を雇い、スーパーマーケツト内の鮮魚店を妻の協力を得て経営し、その明細は明らかではないものの、生活費として月に二〇万円程度を渡し(大久保寿子一二六項)、妻子を養うに足りる収入を得ていたと認められるところ、本件事故による前記第一の入、通院治療により、原告は、本件事故日の昭和五七年八月二三日から同年一二月一五日まで一一五日の入院期間及び同月一六日から昭和五八年七月一一日まで実日数四三日、合計一五八日については全部、前記第二の入、通院治療により、昭和五八年一二月二六日から昭和六一年七月一〇日(症状固定日)までの間の入院日数二日、通院実日数三七日、小計三九日については、本件事故の寄与の認められる七〇%の合計二七日(日未満切り捨て)、以上合計一八五日相当は就業が不可能であつたと認められる。

本件全証拠によるも本件事故当時(昭和五七年八月二三日)の原告(三〇才)の実際の収入の明細は明らかではないので、当裁判所に顕著な昭和五七年の大分県における産業計・企業規模計のパートタイム労働者を除く三〇~三四歳の男子労働者にきまつて支給する現金給与額及び年間賞与その他特別給与額の合計額三一七万三一〇〇円(211,500×12+635,100)(一日当たり八六九三円となるので、右事故当時の自賠法一六条の二、同法施行令三条の二に規定する一万一〇〇〇円の範囲内)相当の所得を基準に算定すると、その間の休業損害は、一六〇万八二八三円となる。

3,173,100÷365×185=1,608,283

【原告は、症状固定日以後の休業損害も請求しているが、同固定日以後の同損害は、後記四の後遺症による逸失利益で考慮するのが相当である。】

四  後遺症による逸失利益 一三五七万三九八一円

前記のとおり、原告は、本件事故による後遺症として睡眠時無呼吸過眠症候群が残つたことが認められるところ、証拠(大久保寿子、中沢医師、原告)によれば、その程度は重症であり、有効確実な治療法はなく、自然治癒も考えられず(中沢医師四七―四八・五二・七四~七五項)、強い眠気が襲つてこない限り通常人と同様に稼働できるが、右眠気は一日十数回に及び、鮮魚店の営業に不可欠な自動車の運転はできず、注意力を必要とする仕事にはほとんど従事できないこと(同五〇項)、実際、鮮魚店の仕事の効率も以前よりも著しく低下し、妻の仕事分担を増やし、従業員数を増やすなどしなければならなくなつたこと(大久保寿子二一一~二一六項、原告一〇六~一一二・一五二~一五九項)が認められるから、その程度は、自賠法施行令別表(二条関係)の第九級一〇級「神経系統の機能又は精神に障害を残し、服することのできる労務が相当な程度に制限されるもの」に準じるものと認めるのが相当であり、労働能力喪失率は三五%を相当と認める。

前記のとおり、原告は、本件症状固定日(昭和六〇年七月一〇日)当時三三歳であつたから、六七歳まであと三四年間稼働できると推認され、当裁判所に顕著な昭和六〇年の大分県における産業計・企業規模計の三〇~三四歳の男子労働者にきまつて支給する現金給与額及び年間賞与その他特別給与額の合計額三四二万一五〇〇円(226,300×12+705,900)、前記第四の四の2で肯認した本件事故の寄与率七〇%を基礎として、ライプニツツ式により、右症状固定日現在の逸失利益を算定すると、一三五七万三九八一円となる。

3,421,500×0.35×16.1929×0.7=13,573,981

五  慰謝料 三〇〇万円

前記認定の原告の受傷、入、通院期間、後遺症の内容、程度、本件事故の寄与率その他諸般の事情を総合勘案すれば、原告の慰謝料は、三〇〇万円を相当と認める。

六  損害のてん補と未てん補損害額

1  右一ないし五に認定した原告の損害額合計は一九四八万九九九七円となる。

2  しかして、原告は、被告日産火災から一七五万円の支払を受けたことを自認し、さらに、被告日動火災が、原告に対し、本件事故による損害のてん補として自賠責保険金七五万円を支払つたことを原告は明らかに争わないから、これを自白したものとみなし、これらてん補分を差し引くと、原告の未てん補損害額は一六九八万九九九七円となる。

3  よつて、被告日産火災は、原告に対し、前記自家用自動車保険契約に基づく保険金額二〇〇〇万円の範囲内である右一六九八万九九九七円及びこれに対する本判決中、同被告関係部分の確定日の翌日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務があり(自家用自動車保険契約においては、被保険者が事故により第三者たる被害者に対して損害賠償責任を負うことによつて被る損害をてん補することを目的とするから、被保険者が現実にその損害賠償責任を負うことになつたときでも、その賠償額が具体的に確定にされない限り、保険契約上てん補すべき損害額も確定せず、保険者としては、現実に支払うべき保険金の額を確認することができない関係にあるから、それより前の段階で保険金支払債務の履行が到来したとし、その後における履行遅滞の責任を負わせることは当を得ず、したがつて、保険契約上、右と異なる約定が存すれば格別、そうでない限り、損害賠償額が確定するまでは、保険者の保険金支払債務の履行期は到来しないものと解するのが相当であるところ(最高裁昭和五四年五月三一日判決・金融商事判例五八六号四一頁参照)、本件において右の約定が存することを認めるに足りる証拠はない。)、

4  被告日動火災は、原告に対し、本件事故当時の自賠法一六条一項、同法施行令二条一項イの一二〇万円及び同条項へ(同施行令別表(第二条関係))の五二二万円、以上合計六四二万円から右既払額である自賠責保険金七五万円を控除した五六七万円及びこれに対する履行請求日(本訴状の同被告送達日)の翌日である平成二年一〇月二三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務がある(同法一六条一項に基づく同被告の原告に対する損害賠償支払債務は、期限の定めのない債務であるから、民法四一二条三項により同被告が原告から履行の請求を受けた時に遅滞に陥る。最高裁昭和六一年一〇月九日判決・判例時報一二三六号六五頁参照)。

第七結論

よつて、原告の本件請求は、

一  被告日産火災に対し、一六九八万九九九七円及びこれに対する本判決中、同被告関係部分の確定日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員

二  被告日動火災に対し、五六七万円及びこれに対する平成二年一〇月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員

の各支払を求める限度で理由がある(右一及び二は五六七万円の限度で不真正連帯債務関係にある。)。

(裁判官 簑田孝行 森冨義明 木太伸広)

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